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    詐欺師がM&Aの買い手として中小企業を食い物にしている、という話

    詐欺師によるM&A被害とは

    近年、M&Aの取引において、詐欺師が買い手となって、売り手の企業オーナーに深刻な被害を与えるケースが増加しています。以下に、具体的な被害内容を深掘りして解説します。

    1. M&A代金の不払い

    買い手が企業を買収する際に提示した支払い条件を守らず、代金を支払わないケースがあります。特に以下の方法で被害が発生しています:

    • 分割払いの未履行: 初回の支払い後、残りの分割金を支払わずに逃亡。
    • 支払い能力の虚偽申告: 資金がないにもかかわらず、資金調達が可能と偽って契約を締結。
    • 偽造書類の提出: 銀行の預金証明書や融資承認書を偽造し、支払い能力を装う。

    結果として、売り手側は企業の経営権を失い、買収代金も受け取れない事態に陥り、資金だけを抜き取られ倒産・廃業に追い込まれてしまうこともあると言います。


    2. 売り手企業の資産を現金化

    詐欺師が買収後に、売り手企業の資産を不正に売却し、会社を意図的に倒産させるケースがあります。

    • 不動産の売却: 企業が所有するオフィスや工場などの不動産を速やかに売却し、買い手が利益を得て逃亡。
    • 在庫や設備の流用: 倉庫の在庫や機械設備を売却し、資金を持ち逃げする。
    • 知的財産の悪用: 特許や商標権を売却し、会社の価値を損なう。

    これにより、企業従業員や取引先にも影響が及び、信頼が損なわれます。それだけであれば良いのですが、さらに悪質なケースもあります。なんと代表者連帯保証をはずす約束で契約したにも関わらず、忙しいなどの正当とはいえない理由で契約変更しないケースがあるというのです。挙句、家賃や取引先企業への支払い、従業員への給与支払いを行わず、旧経営陣に借金が残るなどの詐欺行為も横行していると言います。

    ガイアの夜明けなどのドキュメンタリー番組でも取り上げられたルシアン・ホールディングスによる悪質なM&A詐欺事件では、30社以上の企業が同様の被害にあい、集団訴訟に発展しています。


    3. 契約書の巧妙な罠

    詐欺師が買い手として登場する場合、契約書に巧妙な罠が仕掛けられていることがあります。

    • 曖昧な契約条項: 支払い条件や買収後の責任分担が曖昧で、売り手に不利な条項が含まれる。
    • 隠れた費用負担: 売り手が不当に多額の費用を負担させられるような契約内容。
    • 裁判所の管轄変更: 法的な紛争が発生した際、売り手にとって不利な管轄地で裁判を行う条件を盛り込む。

    これらの契約は、売り手が詳細を確認しない場合に見逃されることが多く、後で法的な争いに発展します。前述の買収代金が入金されないとなってもなんの保証もなくなってしまうわけです。


    4. 買収後の責任転嫁

    買収後に企業が抱えている債務や法的リスクを売り手に押し付けるケースもあります。

    • 企業の負債を隠す: 詐欺師が買収前に企業の財務状態を意図的に誤解させ、問題が発覚した際に売り手が責任を負わされる。
    • 法的トラブルの引き継ぎ: 買収後に未解決の法的トラブルが発覚し、売り手が「説明責任」を問われる。

    先ほど例にあげた家賃の不払いも契約書の名義変更や連帯保証人の解除がされていない場合、最終的に対応するのは旧経営陣となります。


    5. 詐欺師が意図的に企業価値を下げる行為

    買収前に詐欺師が意図的に売り手企業の価値を下げる情報操作を行うこともあります。

    • 風評被害の拡散: 偽の情報を流し、企業のブランド価値を下げ、安価で買収しようとする。
    • 取引先への圧力: 取引先に虚偽の情報を伝え、契約を解消させることで売り手企業の経営状態を悪化させる。

    事前に手を回し、評判や売上を落としてから、安値で買いたたく。同業他社や取引先への身売りの際にはこうした悪質な根回しがある場合もあると言います。


    M&A仲介業者が、買い手側にだまされないように、やっていることは?

    会計事務所系の大手M&A仲介業者が買い手側に騙されないように行っている対策を参考までにご紹介します。


    1. 買い手の信用調査

    M&A仲介業者は、買い手の信頼性を評価するために徹底した調査を行います。

    • 財務状況の確認: 買い手の財務諸表(貸借対照表、損益計算書)を入手し、資金力を確認。
    • 資金調達計画の確認: 買収資金の調達方法(銀行融資、自己資金など)を具体的に確認し、不審点があれば詳細を追求。
    • 過去の買収履歴の確認: 買い手が過去に行ったM&A取引を調査し、問題がなかったか確認。
    • デフォルトリスクの評価: クレジットスコアや与信情報を取得し、支払い能力を客観的に評価。

    具体例: 帝国データバンクや東京商工リサーチなどのデータベースを活用して買い手の信用情報を確認。


    2. 買い手企業の実態調査

    買い手企業の事業内容や運営状況が表向きと一致しているかを確認します。

    • 実地視察: 買い手企業のオフィスや工場を訪問し、実際に事業を行っているか確認。
    • 取引先へのヒアリング: 買い手の主要な取引先に連絡を取り、信頼性や取引実績について意見を聞く。
    • オンライン評価のチェック: SNSや口コミサイトで買い手の評判や過去の問題を確認。

    具体例: 仲介業者が買い手企業のオフィスを訪問し、従業員の数や業務の様子を直接確認。


    3. 身元確認と法的リスクチェック

    買い手側の不正行為を防ぐため、身元確認や法的リスクの調査を行います。

    • 法人登記の確認: 買い手の法人登記簿謄本を取得し、設立年数、資本金、役員情報を確認。
    • 代表者個人の信用調査: 買い手の代表者の過去の訴訟歴や金融トラブルを確認。
    • 反社会的勢力との関係排除: 買い手が反社会的勢力と関係していないか警察や信用調査会社と連携して確認。

    具体例: 警察庁のデータベースや専門調査機関を利用して反社会的勢力との関係を排除。


    4. 取引条件の厳格化

    仲介業者は、売り手を守るために買い手との契約条件を厳格に設定します。

    • エスクローの利用推奨: 買収資金を第三者機関(銀行など)に預託し、条件達成後に売り手に支払う仕組みを導入。
    • 手付金の設定: 買収意思を確認するため、一定額の手付金を支払わせ、途中キャンセル時の損害を防止。
    • 契約書の透明化: 買収契約書に詳細かつ明確な条件を盛り込み、曖昧な条項を排除。

    具体例: 買い手に総額の10~30%の手付金を要求し、売り手への本気度を確認。


    5. デューデリジェンスの徹底

    仲介業者は、買い手の背景や事業実態を詳細に調査するデューデリジェンスを行います。

    • 法務デューデリジェンス: 買い手の契約書や法的リスクを確認し、不正行為の可能性を排除。
    • 財務デューデリジェンス: 買い手の財務データを分析し、資金繰りや収益性を検証。
    • 税務デューデリジェンス: 買い手が適切な税務申告を行っているか確認。

    具体例: 仲介業者が専門家(弁護士、公認会計士、税理士)を動員し、複数の視点から買い手を評価。


    6. 詐欺の兆候を見極める訓練

    仲介業者は、詐欺の兆候を見極めるためにスタッフに教育を実施しています。

    • 話がうますぎる買い手を警戒: 他社よりも高額な提示をする、短期間で取引を進めたがる買い手は慎重に調査。
    • 情報開示を渋る場合をチェック: 資金証明や過去の取引履歴を提出しない買い手は疑いを持つ。
    • 中間業者の存在を確認: 買い手が第三者を通して交渉する場合、その第三者の信用を確認。

    具体例: 買い手が資金証明を出し渋る場合、取引を一旦中断し、正当性を確認。


    7. 最終契約前の再確認

    契約締結直前に、買い手の最終的な支払い能力を確認します。

    • 銀行の支払い確認書: 銀行からの正式な支払い保証書を取得する。
    • 弁護士の最終確認: 契約内容を弁護士に再度確認させ、法的な問題がないかをチェック。
    • 仮条件合意の撤回可能性を確保: 最終契約前に売り手側が撤回できる条件を設定。

    具体例: 支払い保証書が偽造されていないか、銀行に直接確認する。


    これらの対策には専門家が多数関わり、調査も時間をかけて行っているものになります。ですがすべてのM&A仲介業者がこのような対応を取っているわけではありません。決算書を提出されても実際の数字と突き合せしたり、検証したりするケースばかりではないのです。なぜなら徹底した事前準備には高額の費用がかかるため、小規模の事業ではわりに合わないわけです

    その結果、カジュアルなM&Aが急速に増加しており、相次いで問題になっている実態があります。つまり故意にしろ、たまたまにしろ、問題があることを前提に行うべきという事です。

    では売り手企業のオーナーが自分でも取り組める施策は?

    売り手側の最大の対抗手段は「じっくり時間をかける」です。実は多くのトラブルが「金融機関に法人口座の名義変更を拒否される」、「連帯債務の引継ぎを認めてもらえない」ことに端を発しています。(もちろん商品の仕入れや販売に関して個人で連帯保証を入れている場合はそちらも考慮が必要です。)

    取引先金融機関は、こちらから相談しない限り、M&Aで経営権が変わることを想定できません。中小企業は経営層と企業の信用が一体になっているケースも多く、法人の信用が充分ではありませんから、金融機関からすれば一体的に扱われていることがおおいでしょう。

    売り手としてはM&Aする相手が資金を豊富に持っていると思っていますし、信用面でも問題ないと判断しているでしょうが、資金の出どころに不透明な点があったり、雇われ経営者で連帯保証を受け継ぐことができる信用がない場合もあります。金融機関はまた違う観点で信用調査を行います。

    詐欺師側はそのことが充分にわかっていて、金融機関との事前打ち合わせを避けたがるはずです。早期の売買を迫り事前打ち合わせをつぶし、早々にM&Aを成立させにかかります。そして経営権を手にすると一転して時間稼ぎをしたり、計画倒産を仕掛けてくるわけです。信用が充分あるとしても、資金を抜いて債務を追わないようにすれば利益になりますからそこを狙ってきます。

    残念ながら会社は株主のものですので、経営者が株式を100%握っていると、会社をつぶす自由もあたえてしまいます。これには対抗手段がありません。泣き寝入りせざるを得ないわけです。警察なども動いてくれません。

    先に金融機関に根回しをして債務移管を円滑に行うのがカギ

    中小企業のM&Aの目的は①経営層の老後資金を確保する、②経営層の連帯債務をはじめとした責任を新経営陣に引き継ぐ、③従業員の雇用を確保する、④取引先に迷惑をかけないの4点が重要になってきます。

    詐欺師は「①の老後資金を確保する」だけを行って、会社の経営権を手に入れ、「②の連帯債務をはじめとした責任を新経営陣に引き継ぐ」、「③従業員の雇用を継続する」「取引先に迷惑をかけない」をないがしろにする傾向にあります。権利だけを得て、責任を負わずに逃げてしまうわけです。

    このような詐欺師から会社を守るためには、金融機関にM&A後の事業承継者の信用調査を依頼し、問題がないことを確認しておくことは非常に有効な手段です。また、根回しも重要です。M&Aを行う前に、従業員、取引先、金融機関などにM&Aの計画を説明し、理解と協力を得ることで、M&A後の混乱を最小限に抑えることができます。

    買い手側が詐欺師でない場合でも、継承者に債務を移管できなければ、M&Aの目的が果たせません。ここは手を抜いてはいけない場面です。自分を縛っている金融機関からの債務を引き継ぐことで、安易に会社をつぶせないようにするわけですね。

    さらに、なるべく同日に経営権の譲渡と連帯保証の解除を行うことも重要です。これにより、旧経営陣がM&A後に責任を負わされるリスクを回避することができます。もちろん手続き上、同時に移管手続きが完了しない場合もおおいことでしょう。そこでM&Aの契約書中に「連帯債務解除ができない場合、M&A契約を撤回できる」「それまで経費精算、資金移動などを認めない」などの条項を盛り込んでおくことが必要になってきます。

    契約書は万が一のために結ぶものです。こうした手順の多くが無駄になる可能性の方がたかいわけですが、一度の失敗で会社の運命が変わることを忘れてはいけません。中小企業のM&Aを成功させ、詐欺師から会社を守る可能性を高めることは、経営者の最後の大仕事です。

    M&Aは、企業にとって重要な決断です。専門家(弁護士、会計士、M&Aアドバイザーなど)のサポートを受けながら、慎重に進めることをお勧めします。

    投資と詐欺編集部
    投資と詐欺編集部
    「投資と詐欺」編集部です。かつては一部の富裕層や専門家だけが行う特別な活動だった投資ですが、今では一般の消費者にも未来の自分の生活を守るためにチャレンジしなくてはいけない必須科目になりました。「投資は自己責任」とよく言われるのですが、人を騙す詐欺事件は後を絶ちません。消費者が身を守りながら将来の生活に備えるための情報発信を行なっていきます。

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