2022年2月に発足したアルヒ・フラット35詐欺被害者同盟の参加者を取材した際に、記者が疑問に思ったことがありました。そんな悪徳業者が本当にいるのか。そんな無法が本当に今の日本でまかり通るのか。具体的に何をどんな風に勧められたのか。いつの段階で騙されたのか。その時にはどんなことが実際に起こっていたのか。「あれはだめ、これはだめ」と細かく禁止し、お金にきっちりした不動産業者は知っていても、人を騙すような悪徳不動産業者に遭遇したことがないので想像がつかなかったのです。
前回記者会見で提供された情報をもとに記事を書いたのですが、その記事を見てくれた被害者の方と接点を持つことができ、Zoomでの取材にご協力いただくことができました。記者の質問に丁寧にご回答いただいたAさんに詐欺師が何を持ちかけたか。どうやって騙したか。ご紹介しながらプロではない消費者である私たちができることを考えたいと思います。
目次
物件をすすめる悪徳不動産業者が何を語ったか
ー何がきっかけで物件購入を考え始めたんでしょうか?
私の場合は、自宅に不動産ブローカーが飛び込み営業で訪ねてきて、不動産投資を勧められました。単純に儲かる!という話であれば相手にしなかったと思います。勧めてくる人が自分で買えばいいと思うからです。自分で買わないということは儲けることができないのでしょう、と。ですが、『毎月数万円の赤字が出るが、30年後にマンションが資産として残る。』『将来定年退職した際に、家賃収入を得られるし、もしがんや事故で自分が亡くなった際には、家族に資産を残すことができる』と言われて、ちょっと詳しく聞こうという気持ちになってしまいました。それは保険と同じで、勧めてくる人には当然給料や利益があるでしょうが、必要以上にぼったくられないだろうと思ったからです。
ーどんな物件を勧められましたか?
1件目は新宿にある区分マンションです。1LDKで3000万円くらいの物件でした。賃料は10万円くらい見込めるが、毎月の返済は11万円くらい。それに共益費や修繕積立金が別途かかる、という話でした。一見損するように見えるが、確定申告すると、還付を受けられるので、全体を見ると損はほとんどしない。しかも物件購入のために金融機関に融資してもらうと、生命保険がついてくると言われました。団体信用保険ですね。それなら掛け捨ての生命保険をやっているよりも、マンションがついてくる方が、将来不安がなくなるなと思ったんです。それにサブリースという制度を使えば、賃料が保障されるので、空室リスクに対して対策できると言われ、堅実に見込みを立てられそうだ、と感じました。色々よく考えられているな、と信用してしまいました。
ー物件の概要書類というか、間取りや賃料見込み、返済金額や共益費、修繕積立金などが書かれた資料を見せていただくことはできますか?
実はもらっていないんです。見せてもらったのですが、この資料はお渡しができません。と言われて。
ーもらっていないんですか?数千万円の不動産ですよね。
はい。売買契約書も、もらっていません。『全部やっておきますから』と言われ、サブリースの契約書も2通その場で署名捺印したのに、控えはもらえませんでした。後でメールで添付されたpdfはもらいました。『SDG’sに配慮して紙資料は渡さない』という説明でした。
ー重要事項説明は資格者からきちんと受けましたか?
いいえ、営業さんから契約書を渡され、『今ざっと見て疑問点があれば言ってください。なければサインしてください』と言われました。いまから思えばおかしな話ですが、その当時は知識もなく、そういうものかと思っていました。これから手に入る不動産への期待で気にならなかったといった方がいいかもしれません。
ー融資がつかない場合に解除できる条項はありましたか?
いいえ、こちらの都合でキャンセルする場合、物件価格の20%を違約金としてはらうという項目はありましたが、融資を受けられなかった場合でも、無条件で解約できるなどの項目はありませんでした。
ー売買契約書を交わす際に怖いと思いませんでしたか?
契約書にサインする際は思いませんでした。すでに融資の段取りをつけてもらっているし、私は買う気だったからです。サブリースもあるし、多少問題が起こっても月々数万円の範囲であれば対応できるし、何かあれば物件を手放せば良いと思っていました。投資のリスクがちょっと生活を我慢すればなんとかなる範囲に収まると思っていたんです。ですから、まあ今更キャンセルしないだろうから問題ない、と感じました。2軒目の時はすでに1軒目で経験していたので、なおさら怖いとは思いませんでした。
ーサブリースは賃料改訂のリスクがありますが、その説明はありましたか?
私の方から、2年更新となると更新のタイミングに賃料が下がる場合もあるのでは?と聞きました。すると『借りているアパートやマンションの家賃って、そんなに上がったり下がったりしますか?結構同じ価格で借りてきませんでしたか?それと同じです。』と言われ、それもそうだな、と納得していました。
ー2軒目も時期をそんなに置くことなく購入されていますが、なぜ複数物件を購入したのですか?
『生命保険代わりに、貯金がわりに』と言われて購入したわけですが、やはり毎月支払いは発生します。そんな中で、『いい物件が出てきた。あなたの年収であれば融資も問題ない。この物件を購入すれば、毎月の支払いを減らせる』と言われました。将来の資産作りもできるし、毎月の生活費にゆとりができるなら、ぜひと思いました。
ー2軒目の物件はアルヒ・フラット35で融資をうけるわけですが、事前に『投資用不動産の購入には使えない』などの説明はありましたか?
『2軒目の物件は、そこに住民票を移す形で融資を申請します』という説明は受けましたが、住宅ローンと投資用ローンの違いは知りませんでした。不動産業者に任せているのだし、買えるというのであれば問題ないだろう、と考えていました。フラット35が用途が限定されているとか、投資用に使ってはいけないという説明は事前にはありませんでした。アルヒとの契約の直前に喫茶店で待ち合わせして、不動産の契約書を交わしました。
しかしその後に、『実はフラット35は住居用にしか使えません。もし確認を受けても自分が住むように答えてください』と突然言われました。それは嘘だからまずいんじゃないかと伝えると、『じゃあキャンセル扱いだから、20%支払ってください。いいんですか?』と言われました。『この後、すぐにアルヒに融資申し込みをしなければ、キャンセルになります。違約金が発生しますが、どうするんですか』と詰め寄られました。1千万円以上の違約金を払うあてもありません。気持ちの整理がつかないまま、私は業者の言われるがままに、嘘をつくことになりました。
ーアルヒから融資前に、住居用しか使えないという説明や確認はありましたか?
ありました。ですがキャンセルすると1000万以上の違約金がかかると不動産業者に脅されたばかりでした。そんなお金は払えないので、不動産業者の言うように嘘をつきました。
ーそのほかにどんな被害を受けましたか?
私の場合、サブリースで入ってくるはずの賃料が入ってこなくなりました。日々忙しく、しばらく気がつかなかったのですが、確定申告しなくては、というタイミングで気がつきました。どういうことだろうと問い合わせたところ、『空調の修理が発生した。その金額を払っていないと賃料を振り込めない』という説明を受けました。わかりました、では払うので金額を教えてくださいと伝えましたが、何度依頼しても明細書が届きません。「いい加減にしてください。そろそろ私怒ってもいいですよね」と静かに伝えたところ、突然相手が激昂し、「喧嘩したいんだったら相手になる」と言い出しました。こんな対応はまともでないと感じてネットで色々調べると、この会社が同じような対応を複数の人にしていることがわかり、弁護士に相談したり、被害者団体に参加するなどの対策を講じることになりました。
ーサブリースで保障されている家賃が入らない間も返済は続いていたんですよね?
そうです。金融機関にはお金を支払い続けていました。貯金では支払いができなくなり、NISAで積み立てていた資金や生命保険の一時金でやりくりしましたが、それでも足りずにクレジットカードでお金を借りたりして支払いを続けました。精神的にもどんどん追い込まれ、弁護士に相談することになりました。
ー金額としては毎月30万円近い金額になりますよね?
はい。お金の面でも精神的な面でも、かなりきつかったです。そのままでは自己破産しか道がありませんでした。
過去の自分にアドバイスするとしたら?
ー将来の生活を守るために投資したいという気持ちは自然な感情だと思います。今回は騙されて被害にあってしまいました。もし過去の自分にアドバイスできるとしたら、被害に遭わないようにするために何をアドバイスしますか?
難しい質問ですね。正直わかりません。アルヒ・フラット35不正融資事件を戦う中で支援してくれる不動産業者の団体、一般社団法人JKAS(住宅ローンに“困ったとき”のあなたの街の相談窓口)さんに出会うことができました。相談に乗ってくださった方はご自身が不動産業者の方なのですが、『知識や情報の差があるので、正直だまそうと思えば、100%騙せる。でもそんな業界でいいのか』という問題意識があってこの活動に参加したとおっしゃっていました。正直素人ではわからないことが多い業界です。リスクを避けるには信頼できる業者さんと付き合うしかないのでしょうかね、、、。それでもあえて言うなら、コンプライアンスのしっかりした大手と付き合うとか。あとは、相手から持ち掛けられた話を、その人に頼む必要はないということかもしれません。仕事で仕入れる際に合い見積もりをとるように、ほかの業者にも見積りをとって、冷静に判断するように、でしょうかね。
被害者の声を聞いて投資と詐欺編集部として感じたこと
今回、投資用マンションの購入にフラット35を利用させられた方のお話を伺うことができました。
彼らの話を聞いて感じたのは、不動産業者は顧客のことは一切考えずに、ただマンションが売れればいいというスタンスだったということです。投資用マンションの売買契約において、フラット35を利用すること、フラット35が投資用マンション購入には使えないという大事なことを、売買契約を締結した後になって初めて口にしています。しかも売買契約を解除するには20%の違約金がかかるということになっており、被害者が逃げられないようになっています。よくフラット35が投資用マンション購入に使えないというのはネットを調べればわかるだろう、などという意見を見かけますが、このような重要事項の説明義務は売り手側にあります。例えば携帯電話の契約などはしつこいくらい重要事項説明がなされており、聞いてないとは言わせないというのが本来です。
さらに、このフラット35を投資用マンション購入に利用させるという類似の案件が複数の不動産業者でも確認されており、共通しているのはフラット35の代理店としてアルヒが関与しているという点です。中にはアルヒ担当者に自宅として住まないと伝えたにも関わらず、無視されて契約が進んでしまったという方もいらっしゃるそうです。そうなるとアルヒは投資用マンション購入にフラット35を利用すると知っているにも関わらず、契約させているということになります。果たしてこの問題は購入者だけが悪いと言い切れるのか、疑問を感じざるを得ません。
騙されずに投資を行うために私たちに何ができるか
私たちは投資の専門家でも、詐欺被害対策の専門家でもありません。平日は仕事に、休日は家族サービスや趣味に時間をつかう生活者です。サービスを消費する側です。どうしても知識量や情報の鮮度や質の面で、業者さんに勝つことはむずかしいでしょう。今回の取材を通じて、被害者が消費者として向上心を持って生活をしていたこと、そんな向上心に付け込まれて詐欺を働かれたことが改めて見えてきました。
『素人なんだから投資なんて余計なことはやめておきなさい』という意見もあるかもしれません。しかし現在の生活を守り、将来の安定を少しでも実現するために、私たち自身が投資を行う必要がある時代に生きています。終身雇用や年金に頼れば安心できた時代とちがい、苦手でも経験がなくても取り組んでいく必要があるのです。
では私たちに何ができるのでしょうか。大きな借金をして行う投資などを想定して私たちができる範囲の対策を考えてみました。
- 詐欺被害にあわないために、提案された書類、契約書類を確保する。商談を録音しよう。
- 詐欺被害にあわないために、面白そうな提案にすぐのらない。相みつをとる。セカンドオピニオンを聞こう。
詐欺被害にあわないために、提案された書類、契約書類を確保する。商談を録音しよう
今回の取材で被害者の方がどのように騙されたか、どんな被害を被ったかを伺っていきました。その中で気が付いたのは、だます側は後で追及されないように証拠を残さない、ということでした。物件の概要書類を渡さない。契約書をその場で渡さない。証拠となるものを残さない相手には注意が必要です。仕事では会社の決まりもあって、書類関係をきちんとしている人も、プライベートだとおおらかになってしまうこともあるでしょう。ですが会社のお仕事で新しい商材を仕入れる際に、新規取引先を相手に数千万円規模の発注を出すことを想像してください。会社勤めの方であれば、相手先の与信調査をおこなったり、提案内容を複数の関係者に相談し決裁を仰ぐことになるのではないでしょうか。そのためにも書類をきちんと確保することが重要です。またできるなら重要な商談はあとでもめないためにも会話を録音したいと事前に伝えて、録音するようにしましょう。録音されている場合、相手はきっと問題にならないようように話をするはずです。嘘をいわれるリスクを減らすことができます。
詐欺被害にあわないために、面白そうな提案にすぐのらない。相見積もりをとる。セカンドオピニオンを聞こう
もちろん家庭内でFP資格者や不動産に詳しい人、法律に詳しい人がいないことの方が多いわけです。素人の意見をきいても参考にならない場合も往々にしてあります。ですが提案してくれた人だけが扱っているサービスではないはず。
気を付けてほしいのは、『あなただから』『今だけ』という業者の煽り文句に乗せられない冷静さが必要だということです。こんな提案がもらえてすごくラッキーだ。すぐ乗らなくては、、、と考えがちだと思うのですが、あなたに提案されている提案は他の人にも提案されています。すごく実行する方向でのバイアスがかかっている自分を冷静に、見極めて実施可否を判断する必要があります。
ほかの同業他社に『こんな提案をうけたんだけど』と相談してみましょう。
大手の業者であれば、コンプライアンスを意識したうえで、安全マージンを多めにのせた話をしてくれるでしょう。個人の業者やブローカーであれば経験と業界事情を踏まえて商談に関して注意するべき点を教えてくれるでしょう。相場観やリスクの洗い出しを行いながら、この商品を買いたいと思ったら、だれから買いたいかも一緒に考えていきましょう。
初めに声をかけてくれた人だけが選択肢ではないことを意識するのは非常に重要です。いろいろ検討したその結果、はじめて声をかけてくれた人の提案がやっぱりベストだったとなるかもしれません。その場合は出会いに感謝し投資すればよいでしょう。
投資の陰には詐欺があります。誰もが投資を行う時代は、だれもが騙される危険に直面している時代でもあるのです。用心の仕方も学んでいく必要があるのです。