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    相続税対策「不動産スキーム」への包囲網——国税庁の現状認識と「伝家の宝刀」総則6項の行方

    令和7年11月、国税庁より公表された「財産評価を巡る諸問題」に関する資料から、過度な節税対策に対する課税当局の厳しい姿勢と、現場で起きている混乱が明らかになりました。富裕層の間で広く利用されてきた不動産を活用した相続税評価額の圧縮スキームに対し、当局はどのように対峙しようとしているのか。その最前線をレポートします。

    1. 乖離率「5倍超」も——過熱する節税スキームの実態

    相続税対策として、「借金をして不動産を買う」手法は長年利用されてきました。この仕組みの根幹にあるのは、不動産の「市場価格(時価)」と、相続税計算上の「通達評価額」の間に生じる大きな乖離です。

    国税庁の資料によれば、賃貸用不動産の市場価格は収益性が高ければ上昇しますが、逆に相続税評価額は「借家人に権利がある」として低く評価される仕組みになっています。このギャップを突いたのがいわゆる「節税スキーム」です。

    資料では、驚くべき事例が紹介されています。

    このように、取得価額と評価額の乖離が5倍を超えるような極端な事例が散見されるのが現状です。

    2. 司法のお墨付きを得た「伝家の宝刀」総則6項

    こうした行き過ぎた節税に対し、国税庁は「財産評価基本通達総則6項」——通称「伝家の宝刀」を抜いて対抗しています。これは、通常の評価方法が「著しく不適当」と認められる場合に、国税庁長官の指示で独自の評価を行えるという例外規定です。

    この運用を決定づけたのが、令和4年4月の最高裁判決です。最高裁は、「形式的な評価が実質的な租税負担の公平に反する場合」には、通達以外の評価を行うことに「合理的な理由がある」とし、国税庁側の処分を適法と認めました。

    この判決以降、総則6項の適用件数は増加傾向にあります。平成27年には0件だった不動産への適用が、令和6年には13件にまで増えており、当局が監視を強めていることがデータからも読み取れます。

    3. 「区分所有」はルール化されたが、「一棟モノ」は依然として火種

    令和4年の最高裁判決を受け、国税庁は令和6年1月から「マンション通達」を導入し、分譲マンション(区分所有不動産)の評価ルールを見直しました。これにより、タワーマンション等を使った極端な節税は一定程度抑制されました。

    しかし、問題はこれで解決したわけではありません。新たな通達の対象外である「一棟所有の賃貸マンション」などを利用したスキームは依然として残っており、これらに対して国税庁は引き続き、総則6項を用いて個別に対応せざるを得ない状況が続いています。

    4. 納税者の不安——「どこまでがセーフなのか?」

    ここで大きな問題となっているのが、納税者側の「予見可能性」の欠如です。

    日本公認会計士協会や日本税理士会連合会からは、「総則6項が多用されることで、納税者がいくら税金がかかるか予測できなくなっている」という強い懸念が示されています。 「著しく不適当」という基準があいまいなままでは、適正に申告しようとする納税者まで萎縮させてしまう恐れがあります。専門家団体からは、総則6項の適用基準を明確化するよう求める声が上がっています。

    5. 節税の代償——「高値掴み」と「経営破綻」のリスク

    最後に、節税効果だけに目を奪われることのリスクについても触れておく必要があります。 節税スキームとして紹介される物件は、需要が高まることで相場よりも高値で取引される傾向があります。

    資料では、金融機関や不動産会社のあっせんで物件を購入したものの、その後、空室の増加などで経営が悪化し、借入金の返済や固定資産税の支払いに窮するケースが報告されています。 「相続税はゼロになったが、借金と収益性の低い不動産が残った」——これでは本末転倒です。

    結論

    国税庁は、一棟賃貸マンションや小口化商品を用いたスキームに対しても、最高裁判決を武器に厳正に対処する姿勢を崩していません。一方で、ルールの明確化を求める声も高まっています。 安易な「節税商品」の購入は、追徴課税のリスクだけでなく、不動産投資としての失敗リスクも孕んでいます。今後の税制改正や通達の動向を、慎重に見極める必要がありそうです。

    投資と詐欺編集部
    投資と詐欺編集部
    「投資と詐欺」編集部です。かつては一部の富裕層や専門家だけが行う特別な活動だった投資ですが、今では一般の消費者にも未来の自分の生活を守るためにチャレンジしなくてはいけない必須科目になりました。「投資は自己責任」とよく言われるのですが、人を騙す詐欺事件は後を絶ちません。消費者が身を守りながら将来の生活に備えるための情報発信を行なっていきます。

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