スルガ銀行は2022年6月29日に開催を予定している株主総会をコロナ禍を理由に、オンライン開催なし、抽選制での実施とする旨を決め、株主に開催通知を送りました。スルガ銀行は次年度以降はオンライン開催を行いたい旨、株主総会での議案が提出されていますが、いままでの先着順での参加から形を変える決定となります。この決定に対して、株主総会で株主提案を行っているスルガ銀行不正融資被害者同盟は不服として、静岡地裁にスルガ銀行の株主総会の開催中止を求める仮処分申請を提出しました。
スルガ銀行が本社を置くNHK静岡放送局が報じていましたので、ご紹介しておきます。
いったい何が問題になっているのでしょうか。先着順と抽選での参加の違いはなんなのか、何が争点になるのか解説していきたいとおもいます。
目次
被害者300名連名で株主提案を行った後に、スルガ銀行が株主総会への参加を先着順制から抽選制に変更
株主総会は、株を保有している株主が経営陣の報告を聞き、意見を述べることができる報告会の場です。普段直接会うことができない経営陣が、株主のために、業績を説明し、次年度の取り組みを発表するとあって、熱心な株主や機関投資家が参加することが多い一大イベントといえるでしょう。
スルガ銀行は2021年開催の株主総会は株主であればだれでも、先着順で出席できる先着順制をとっていました。このため、スルガ銀行不正融資被害者は、早朝から会場に並び、株主総会に参加。緊急動議を提出するほか、質問や意見の発言などを行い、株主総会でモノをいう株主として立ち回ってきたといいます。こうした株主になって被害者が改善を働きかける手法は公害問題をはじめ、企業側の体質や経営方針が壁になって、被害者の訴えを企業が真剣に検討しない場合に取られる抗議行動として類例があります。
特に今回は被害者300名が株を持ちあい4万株を集め、少数株主代表提案を行っています。当事者が300名いるという大規模な提案になっているので、本来であれば全員の参加が望ましいところです。
こうした取り組みを聞いて、総会屋という言葉を思い出す方もいると思いますが、1980年代には半グレややくざ集団が総会屋として株主総会に乗り込んで荒らすという行動とは性質がことなります。総会屋は株主総会を仕切る協賛金を提示しない企業の株主総会に乗り込んで荒らす、という一種の恐喝行為でしたので、暴対法の普及で取り締まることができました。今回のスルガ銀行不正融資被害者の株主提案は、企業文化の改善を訴えており、恐喝行為ではないためモノ言う株主という文脈でとらえるべき行動でしょう。
今回、スルガ銀行不正融資被害者同盟の被害者は、少数株主代表提案という形で、約300人の被害者が株式を持ち、連名で株主提案を行っています。内容は代表取締役社長の退任を求めるなど、スルガ銀行にとっては過激な内容を含んでいますが、提案内容には、スルガ銀行と被害者との温度差が具体的に感じられる記載が多々あり、興味深いところです。実際にスルガ銀行不正融資事件の被害者がおこなった株主提案に関して気になる方はこちらの記事で紹介していますのでご覧ください。
スルガ銀行は株主総会が荒れることに頭を痛めていたので、騒ぐ被害者株主を排除したかったのでは?
こうした被害者による株取得と株主総会参加は、スルガ銀行としては頭がいたい問題です。スルガ銀行としては、銀行として不適切な融資が数年間、数千億円規模で実施された今回の事件は、対応をまちがえば企業の存続も危うい非常にセンシティブな問題です。経営層主導で対応に当たるのはもとより、リスク管理の専門家である弁護士などの専門チームに対応を任せて、経営立て直しと企業文化の再編に取り組みたいところでしょう。
実際、不動産ADRなどの場では、スルガ銀行側の代理人として理論武装した弁護士が、不正融資の被害を受けた被害者との交渉を全面的に代行しています。複数の被害者に取材したところ、担当するアンダーソン・毛利・友常法律事務所は、被害者の訴えを平場(ひらば:法廷以外の和解交渉)で和解する方向ではなく、裁判所での法廷闘争で解決する方針で、対決姿勢を鮮明に打ち出しているといいます。
事件の早期解決を望む場合は、長期化する裁判ではなく、法定外で和解の道を選ぶのが常道です。スルガ銀行はその道を選ばず、法廷闘争で被害者と徹底的に戦う姿勢を鮮明化しています。
しかし株主として正面から株主総会に参加する被害者の出席は拒否することはできません。スルガ銀行自身が対応する必要があります。スルガ銀行不正融資問題の被害者団体がスルガ銀行株を取得し、株主総会で被害回復を訴えることで、スルガ銀行が主宰する一大イベントで、スルガ銀行の抱える問題を露呈してしまうことは、スルガ銀行にとって大きなブランド棄損につながります。
スルガ銀行は、ここ数年スルガ銀行の思惑通りの平和な株主総会が運営できていない現状があります。去年は強硬採決に踏み切ったスルガ銀行でしたが、銀行としてのブランド棄損やネガティブな報道に歯止めをかけることができない現状には変わりがありません。
スルガ銀行の不良債権率は12%と全国の地銀でも1位。経営危機だから波風をこれ以上たてたくないスルガ銀行
金融業界、とくに地銀の間ではスルガ銀行はどのように診られているのでしょうか。投資と詐欺編集部では、スルガ銀行以外の地銀に努める役職者A氏に、業界人としての意見を聞いてみました。
―スルガ銀行不正融資問題は、解決の方向に向かっているのでしょうか?
「外から見ていると解決の道筋は全然みえないです。シェアハウスを代物弁済で引き取り、債権を請け負う会社に売却できましたが、あれは『ビジネスモデルとして新規性のあるシェアハウスだから失敗しました』という言い訳があったからできたわけですよね。数千億円貸出残高のあるアパート・マンション問題で同じことをおこなったら企業として存続できないでしょう。またそんなことをされては他の金融機関にも影響があります。あそこまでひどくないにしろ、貸し手側の責任が大々的に認められては信用金庫から地銀まで、私たち全員が困ります。金融庁もそこまでリスクを広げたくないはずです。(A氏)」
―今回株主総会に関して、揺れていますが、どう思いますか?
「スルガ銀行は巨額の貸し倒れ引当金を新たにつみました。その結果、いわゆる不良債権率は12%を超えています。これは他の地銀の不良債権率が2~3%台であることから見ると異常な数字です。銀行として不適切な行動があったと主張する被害者の猛烈な反発を受けて社会問題化し、いまだ解決していません。今年も株主総会が炎上すれば、また話題が再燃し、監督官庁である金融庁をはじめとした関係各所からの圧力が高まってしまいます。聞くところによると今年は数百名の被害者が株主提案として社長退任など10箇条の議案を提出したということですが、ほかの地銀ではありえない出来事です。スルガ銀行としてはなんらか手をうたなければ、という危機感は相当あったはずです。(地銀勤務A氏)」
スルガ銀行の役員の中には証券会社出身でリスク管理担当とされている人物も名を連ねています。また企業法務に強いアンダーソン・毛利・友常法律事務所が顧問弁護士事務所としてリスク管理全般をサポートしており、第三者委員会報告の作成や不動産ADRでの対応も全面的に担当しているので、係争のプロのアドバイスは加味されているはずです。徹底的に守りに徹し、監督官庁には改善を、世間や報道関係には問題は終わったという印象を持ってもらいたい状況であると推察されます。
―もしAさんが担当だったらどうしますか?
「私は支店勤務なので、直接は関係しないのですが、もしIR担当だったとしたら経営陣と経営陣が選んだプロのいうことに全面的に従います。似たようなケースなんてだれも経験していないですよね?自分に責任をとれる範疇をはるかに超えてしまっています。どうしていいかもわからないし数百人の従業員の将来を背負っているので、自分の意見を極力入れたくありません。(地銀勤務A氏)」
自分が悪くなくても、自分の会社がしでかしたことと向き合っている社員がスルガ銀行にもたくさんいるに違いないでしょう。個人的にはお気の毒に、と感じますが、被害者たちは自分たちの苦境を打破するために活動しているわけで、両者の利害は明確に対立しているとおもいます。問題の早期解決以外に苦しい状況が続くことでしょう。
平和な株主総会を実現したいスルガ銀行と株主の締め出しは権利侵害と訴える株主提案を行った被害者株主
このようにスルガ銀行はいまだ経営危機の最中にいます。株主総会の参加者が少なく、穏便であることが望ましいと考えていることは間違いないでしょう。一方で、株主総会が抽選制に変わることで、被害者たちはどんなデメリットがあるから中止を求めているのでしょうか?被害者団体幹部にお話を聞いてみました。
「6月3日に株主総会の招集通知がスルガ銀行のHP上で公開されたのですが、目を疑いました。そこまでして対話を拒否したいのかと。私たちは有志があつまり4万株を持つ株主として株主提案を行っているのですが、もし抽選で今回株主提案に参加した人全員が抽選から外れてしまった場合、株主提案したにもかかわらず誰一人参加できないこともあり得ます。念のため電話で窓口に問い合わせしましたが『株主提案した株主も、抽選で当選しない限り参加できない。全員落選した場合は、集団提案した人がだれも参加できないこともある』と正式に回答されました。このやり方は、水俣病を引き起こしたチッソが一株株主となった公害被害者の株主総会参加を締め出そうとした際にやり方にそっくりです。(スルガ銀行不正融資被害者同盟幹部)」
それだけではなく、招集通知書も手元に届くのが期限ギリギリになっていたということです。
「株主総会への現地参加は20日17時までに申し込む必要があるのですが、被害者の中で株主になっている人の中には、6/19時点で株主招集通知書が届いてない方もいらっしゃいました。20日は平日ですので仮に自宅に届いたとしても出社していたら17時の申し込みに間に合いません。3日にHPに出しておきながら、未だに通知書が届かないというのは恣意的に遅らせているとしか思えません。そうじゃなかったとしも十分余裕をもって到着するようにすべきではないでしょうか?(スルガ銀行不正融資被害者同盟幹部)」
スルガ銀行側がわざと遅らせたのか、混乱の結果、手配が遅れたのかは判然としませんが、締め切り当日になって申込書が届く、という部分だけ聞くとスルガ銀行側の対応に問題があるのは間違いないようです。今回裁判所に株主総会の中止をもとめて仮処分申請を提出しているのですが、抽選制での開催にどんなデメリットがあると考えていたのでしょうか?
「公の場で自分たちの意見をスルガ銀行経営層にぶつけ、スルガ銀行経営層の生の声を聞ける機会を失ってしまうのが大きなデメリットです。私たちは約300名がお金を出し合いスルガ銀行の株主になっています。被害者だから文句を言うために株を買ったのではありません。この問題は外からは解決できないと思っているので、株主という内側から意見をいうことにしました。少量しか株をもっていない株主が何をいっても経営は変わりません。ですが経営として株主提案には回答を返さなければいけない制度になっているので、経営層の答えや考え方や姿勢を聞くことはできます。多くの方に知っていただくことができます。私たちの戸惑いや怒りを知っていただくことができます。ですがスルガ銀行によると抽選に漏れると株主提案をおこなった株主でも参加できないというんです。この点が腑に落ちませんでした。私たちを排除するつもりなら考え直してもらう必要があります。(スルガ銀行不正融資被害者同盟幹部)」
株主総会の参加者を抽選で決めること自体は違法ではありません。ですが、特定の株主を排除しようとする意図がある場合や、株主の権利を制限してしまう場合は話が異なります。
当時、水俣病の被害者による「1株運動」が行われ、会社は1株運動に参加した株主のみを排除しようとしました。そして1株運動の株主による動議を無視したり、力により質問を封じたりして株主総会を5分間で終了させたのです。約50年前のことですが、今では考えられない株主総会でした。
コロナ対策を理由に「株主総会に来場拒否」は原則違法https://mainichi.jp/premier/business/articles/20210326/biz/00m/020/002000c
コロナ全盛の際に、株主総会への自粛を求めた企業が散見されましたが、毎日新聞に弁護士の中西和幸氏が寄稿した文章によると、株主の株主総会への参加を尊重し、企業側からの出席拒否や制限は不当であるとした最高裁判決も存在しています。
先ほどSI同盟幹部が例にあげた水俣病を引き起こした、チッソに対して被害者が株を購入し、株主総会に参加しようとする動きは、今回SI被害者同盟が有志による株購入を行い、スルガ銀行の株主として株主総会に参加する姿とだぶります。
「株主総会は、6月29日、平日に行われます。当日都合が悪くなって欠席する人もいるはずです。ですが株主総会の出席権の抽選に落選した人は当日空席があっても参加できないそうです。抽選は第三者である宝印刷が行うということでしたが、株主提案した提案者が参加できない中で、有益な議論ができるとはおもえません。(スルガ銀行不正融資被害者団体幹部)」
宝印刷はIR資料の印刷やウェブサイト上での公開で大きなシェアを持つ国内屈指のIRサポート企業。抽選の実施には公平性が期待できるはずですが、被害者はせっかく株主提案を行い対話の機会をつくったにもかかわらず、自分たちだけが不当に排除されるのでは、という疑念を隠し切れない様子です。
「銀行の営業マンが融資実績をあげるために、不動産物件をあっせんしたり、不動産業者が融資申し込み書を書いたり、相場と乖離した価格にスルガ銀行がお墨付きをだしたりと、問題行動、不正が横行したのがスルガ銀行の不正融資問題です。私たちは被害者として対応を求めてきましたが、スルガ銀行自身が第三者委員会報告でまとめたように、『経営層がかわらない限り不正を許す文化は変わらない』のです。被害者として交渉してもこうした文化がかわらない限り進展はないと感じましたので、被害者で有志をつのり、株主提案を今回行いました。その結果は全面否定です。そして対話する機会である株主総会でも抽選制を持ち出してきたスルガ銀行の対応に大きな疑問を感じています。(スルガ銀行不正融資被害者団体幹部)」
被害者団体幹部が触れたスルガ銀行の第三者委員会報告は、スルガ銀行を担当する監査法人と弁護士事務所が第三者の立場から客観的に問題点をまとめた報告書です。経営管理のずさんさを監査する立場であるができていなかった監査法人と、現在も不動産ADRでスルガ銀行の代理人として厳しく被害者と交渉する弁護士事務所が調査を行っているので、普通に考えるとスルガ銀行を助け、ソフトランディングできるように書かれているはずです。ですがそういった忖度ではかばいきれないほど問題点が噴出している様子がうかがえます。スルガ銀行のサイトではスルガ銀行の第三者委員会報告の要約版と全文が公開されています。
対立が解消されないまま株主総会の開催期日は迫る。
仮処分申請は、スルガ銀行の本社が静岡県沼津市にあるため、静岡地方裁判所に提出したといいます。被害者はみな被害にあいながら、職場に問題を伝えずに普通に働いている人が大半だといいます。私たちの職場にも被害を受けたひとがいるかもしれません。そうした被害者が平日に仕事を休んだりなんとか時間を作って、全国から静岡地裁に集まり仮処分申請を提出したと想像するだけで同情を禁じ得ないところです。
「スルガ銀行は被害者に対して法的に争う姿勢を崩していません。シェアハウスと違って、アパート・マンションの一棟もの融資に関しては、個別事情があるのは事実です。個別に協議するというのは理解できるのですが、不動産ADRなどをはじめ、協議の場では法律の専門家が前面にでて被害者と個別に話し合うどころか、『次は法廷でお会いしましょう』と法的係争に持ち込もうとしています。並行して被害者には自宅の差し押さえや一括返済を迫っています。被害者の時間切れを狙って個別にねじ伏せようとしているんです。私たちがおかしいと声を上げている理由を知ってほしいんです。株主総会で株主提案したのは、こうした企業姿勢や取り組みをスルガ銀行自身がどう考えているか改めて聞くためにおこないました。ぜひお互い面と向かって話をしたいです。(スルガ銀行不正融資被害者団体幹部)」
時間をかせぎ『銀行として不適切な行動をとった』という非難の声が風化するのを待ちながら、粛々と不良債権化した個人向け不動産ローンの整理を勧めたいスルガ銀行と、スルガ銀行の責任を明確化し、軟着陸させたい被害者は、株主総会の開催一つとっても相容れない根深い対立があります。
チッソ裁判のように、スルガ銀行自体の企業風土が、不正な勧誘や審査の形骸化をもたらした点は、根深い問題です。しかし被害者が抗議の活動を継続し、スルガ銀行のブランド棄損が長期化すれば、不良債権の処理どころか業績の維持や、その後の合併を含めた再建策もおぼつかなくなります。早期解決への道筋は未だ見えない中、株主総会の開催が迫っています。
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投資と詐欺編集部では、株主総会で揺れる沼津も取材で訪れる予定です。おそらく開催される被害者団体のデモなどや、株主総会参加者へのインタヴューを予定しています。続報が入り次第、最新情報をお届けしていきます。