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ドラマ「正直不動産」に学ぶ―『眺望権』

ドラマ「正直不動産」に学ぶ―『眺望権』

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『正直不動産』は、2022年春に、NHK『ドラマ10』枠で放送された、不動産業界の裏側をコミカルに描いた作品である。ドラマを題材に不動産取引で気を付けるべきことを学んでいこう。第18回は、『眺望権』である。

眺望権とは

皆さんは、日照権をご存じであろう。住まいの日当たりを確保する権利である。では、眺望権はどうだろうか?風景などの眺望をみだりに妨害されない権利であるが、ほとんど、知られていないであろう。眺望権は、特殊な権利であり、旅館などの営業に関わる場合以外は、通常認められない。というのも、入居時に見えていた風景が、時代とともに変化することは、極めて自然なことだからである。

富士山が見える物件

定年を迎えた島村夫妻が、息子夫婦と同居するマンションを探しにきた。条件が少しユニークだ。『リビングからドーンと富士山が見えるマンションを探してくれ。富士山は私たち夫婦のキューピットなんだ。』夫婦の出身は、富士山のお膝元である山梨と静岡だ。二人とも上京当時にアパートから見える富士山を眺めていて、恋仲になったのだ。だが、近年では、大きなマンションが立ち並び、都内から富士山が見える物件は、数少ない。永瀬は、またしても正直に、条件にあうマンションを探すのは難しいと、言いかけたその時永瀬を制して、月下が断言する。『その夢諦めるのは、ちょっと待って下さい。ご希望の家は必ず見つけます。この月下咲良にお任せください。』そして、永瀬に一言。『今回は、私が1人で担当します。』月下、独り立ちに向けて、富士山が見える物件探しに、チャレンジである。

富士山が見える?物件

翌日、物件の選定に余念がない月下に島村夫人から電話が入った。なんと、夫が物件を見つけたというのだ。月下、慌てて現場へと急行する。そこには、実に満足げな島村夫の姿があった。『月下さん。あんた仕事が遅くて話にならないよ。見てくれ、この富士山を。』確かに、リビングから富士山がバッチリ見える。『気に入って頂いて良かったです。』ミネルヴァ不動産の花澤が夫の隣で、笑みを浮かべる。だが、月下は、諦めない。『島村さん、条件を変更されたんですか?この富士山は、あと3年程で見えなくなってしまいますよ。そこの空地の所にタワーマンションが建つんです。私も、このマンションをご紹介できると思ったんですが、タワマンの建設計画を知って、候補から外しました。』夫の顔色が変わる。『花澤さんさぁ、話が違うじゃないの。私は、富士山が見えるから契約したんだよ。』花澤は、すぐに順応する。『かしこまりました。契約解除ですね。ただ、買主様都合となりますので、手付金は返金しかねます。』夫人が驚く。『勝手に契約しちゃったの?それで、一体、いくら払ったの?息子夫婦の同意もないのに。』夫は、小声で答える。『350万』大金である。月下が、花澤に噛みつく。『花澤さん。それって、説明義務違反じゃないですか?』花澤が開き直る。『私は、眺望がいいとはいったけど、富士山が見えるとは、一言も言っていません。』これには、夫が怒る。『だってさ、資料には富士山がきれいに載ってますよね。』花澤は負けない。『これですか。確かに、富士山の写真はありますが、それに関する説明は一切ありませんが。』夫もここで、騙されたと悟る。『冗談じゃないよ。訴えてやる。』だが、花澤は、どこまでも手強い。『どうぞ。ただ、日照権と違って、眺望権が認められることは、ほぼありませんが。周辺に同程度の高さの高層マンションが存在しなかった結果、良好な眺望を独占的に享受していても、その享受が独自の利益として承認されるべきとは到底言えない。こういう判例があります。』月下も負けない。『花澤さん、眺望権が認められたケースもありましたよね。確か、契約時に部屋から見えると言われた景色が見えず、売買契約の解除と手付金の返還が調停で決まったと思います。』痛み分けだ。戦いの場は、もう一組の購入者である、息子夫婦を含めた話し合いへと発展した。

月下の完敗

数日後、息子夫婦を含めた話し合いの結果が出た。マンションの購入が決まったのだ。茫然とする月下を永瀬が諭す。『お孫さんだよ。そうですよね。島村さん。』夫婦は静かに頷く。『このマンションの周囲には、評判のいい保育園と小児科医がいます。その他にも、周辺に子育ての為の施設が揃っています。だから、決められたんですよね。』花澤は、単にペテンに嵌めたわけではなかったのだ。島村夫婦の孫の存在まで、考えた上で、あのマンションを勧めていたのだ。この勝負、月下の完敗である。

お詫びの酒

その夜、月下は花澤をお詫びの飲み会に誘った。もちろん、永瀬も付き添う。『失礼なこと言って、本当にすいませんでした。今回は、私の負けです。お孫さんのことまで考えていたなんて。』花澤は、カンカンだ。『それくらい、営業なら当然でしょう。』月下はさらに詫びる。『だから、今日は、そのお詫びにおごらせてください。』だが、花澤の怒りは納まらない。『あのね。そんなことで許されると思う。』というと、一気にビールを飲み干した。そして、焼酎のボトルが空くころには、すっかり打ち解けた二人の姿があった。『よし、許す。ゆるしてやるぞよ。』花澤はすっかり出来上がっている。『あざ~す。でも次は負けませんから。』月下も上機嫌だ。『いいよ、いいよぉ。かかってきなさい。』二人はもう、仲良しだ。永瀬は蚊帳の外である。そして、いよいよ、月下のお得意の質問が飛び出す。『花澤さん、ひとつ聞いてもいいですか?何で、不動産屋になったんですか?』花澤は、飲み過ぎたせいか、この質問にも、つい答えてしまう。彼女の話は、こうだ。元々、大手建設会社の現場監督をやっていた。しかし、女ということで、誰も言うことを聞いてくれない。それどころか、『美人なんだから、水商売でもやったら。そしたら俺、毎日通っちゃうよ。』とからかわれた。そんな男社会の苛酷な環境に行き詰まり、現場の影で、涙を流す彼女に声をかけたのが、ミネルヴァ社長だった。『性別のせい、社会のせい、時代のせい。そうやって、自分の惨めな現状を何かのせいにしておけばいい。君の成功を阻んでいるのは、他でもない、君自身だ。』ミネルヴァ社長は、花澤の課題を一瞬で、看破する。そして、静かに手を伸ばす。『うちに来い。うちは、売上が全てだ。俺が、あんたを救ってやろう。』こうして、ミネルヴァ不動産の稼ぎ頭、花澤が誕生した。しかし、花澤も、ミネルヴァ社長の詐欺まがいなやり方が、良いと思っているわけではない。『いつか、私が、会社を変える。』そう言い残して、花澤は、帰っていった。

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