『正直不動産』は、2022年春に、NHK『ドラマ10』枠で放送された、不動産業界の裏側をコミカルに描いた作品である。ドラマを題材に不動産取引で気を付けるべきことを学んでいこう。第3回は、『営業テクニック』である。
目次
営業テクニック
不動産仲介業には仕入れがない。仲介手数料がそのまま、粗利となる特殊な業界である。仲介手数料は、法律で上限が決まっている。賃貸で家賃1ヶ月分、売買で売買金額の3%+6万円である。営業成績は、仲介手数料の獲得額で決まる。このシステムが、例え同じ会社の社員であっても、仲間ではなく、成約を競い合うライバルという関係性を生む。こうした、苛酷な環境で勝ち抜くため、自然と詐欺まがいの営業テクニックに磨きがかかっていく。
実力者 桐山の営業
永瀬は、最大の武器である、嘘を失った。契約も取れなくなり、トップの座から滑り落ちた。代わりに、トップにのし上がったのが、実力者 桐山である。彼の営業をご覧いただこう。三浦夫妻の賃貸マンション探しである。もうすぐ、生まれてくる子どものために、12万円以内の2LDKを希望している。桐山は、あえて家賃13万のマンションで勝負する。『掘り出し物です。相場が15万のところを、13万です。』『お得だね』と好感触の妻に対し、『そうかなぁ。』夫の反応はイマイチだ。桐山が続ける。『ただ、駅からちょっと遠い所だけが欠点で。』『えっ!』夫が驚く。『ご心配ありません。目の間にバスが通っていますから。それにペット可です。』妻が反応する。『うちはトイプーなんです。』桐山が呼応する。『私もです。』かわいいトイプードルの写真だ。一気に場が和む。さらに、近くの動物病院の評判の良さを伝え、夫婦に安心感が広がる。夫も乗ってきた。『今日は、内見できますか?』『それが、今はリフォーム中で、10日後になります。』再び、思考モードに戻ろうとする夫婦を、桐山は許さない。『好条件の物件は、内見せずに契約されるお客様も多く、そうなった場合は、申し訳ありませんが、そちらを優先させることになってしまいますが。』妻が焦る。『半年探して、ここまで希望に近い所なかったし、ね、決めちゃおうよ。』夫が決断する。『内見はいいんで、ここに決めます。』見事、成約である。このあと、桐山は預り金も確保する。完璧である。
永瀬の種明かし
月下は感嘆する。『凄いですね桐山さん。私が勧めてダメだった物件をあっという間に決めちゃって。お客様のご希望も優先して、完璧なカスタマーファーストでした。』そんな月下に、永瀬が種明かしを始める。『桐山は、営業テクニックを使ってるの。例えば、家賃。顧客の希望12万円を無視して、相場15万のところを13万って言ってたでしょう。これは、心理学のアンカー効果。初期値として、高額な比較対象を持ち出すことで、お得感を演出したわけ。でも、夫にはイマイチ刺さらなかった。そこで、桐山は駅から遠いと、自ら欠点を持ち出した。これは、どうせ不動産屋は、メリットしか言わないという客の心理の逆をついたわけ。ここで、夫も意外な顔をしたよね。その後、メリットを語って、一気に引き込んだ。』『えっ。でも、トイプ―は、偶然すよね。』『いや、桐山はトイプ―を飼ってるとは言ってない。私もですって写真を見せただけだ。犬やら、猫やら、ペットの写真をコレクションしてるだけだよ。』『えー、そんなの詐欺じゃないですか。』月下、すっかり、興覚めである。その上、お得意のカスタマーファースト論を桐山に吹っ掛け、『おめでたいやつだな。不動産営業は弱肉強食の世界だ。お前みたいな甘いこと言ってるやつは、とっとと、辞めろ。』とまで言われてしまう。
飲み屋にて
月下、永瀬を従え、やけ酒である。『永瀬先輩も、私の事、辞めたほうがいいと思ってるんですか?』ここで、オネスティ永瀬の発動だ。『当然、思ってる。月下の営業は、客から見たら100点だけど、会社から見たら0点だからね。例えば、内見。月下さ、客が納得するまで、何件でも回るでしょう。いい営業は、いかに少ない内見回数で、多くの契約をとるかを考えるの。その方が、断然効率がいいから。』しかし、月下は折れない。『私は、ちゃんと、足を運んで選びたいんです。』永瀬が矛先を変える。『お前、基本給いくら?』『10万ちょっとですけど。』『正直、俺もあんま変わんないのよ。売れば売った分だけ、カネになる。営業成績1位には2位の倍のボーナスつくから。月下のやり方だと、フリーターより稼げないからね。』月下が、根源的な疑問にぶち当たる。『じゃあ、永瀬先輩は、お金の為に、一位目指してるんですか?』『そうだよ、それ以外に何がある。』全くの平行線である。なおも、月下は譲らない。『私は、そんな事より、胸を張って、自分が住みたいと思える部屋をお客さんに紹介したいんです。お部屋のにおい、水圧、あと騒音、日当たり、それこそ、どんな人達が周りに住んでいるのか。足を運ばないと分らないんです。』月下のカスタマーファーストは筋金入りなのだ。『良い家に住めば、良いことがいっぱいあるんです。』月下が家への想いで締める。これには、永瀬も黙り込むしかなかった。
その夜、永瀬は1人、回顧する。『嘘ばっかりついてきたんだなぁ。俺。いやいや、もう一度、嘘をつけるようになって、一位を取り戻してやる。。。寂しい。』稼げなくなった永瀬の住み家は、もはや、かつてのタワマンではない。昭和感漂う、ボロアパートに格下げされていた。